古武術介護からのヒント1 of 岡田慎一郎の公式サイト shinichiro-okada website

古武術介護からのヒント①

一人で抱え上げる

全介助に技術はない?

世の中にはたくさん、介護技術があります。しかし、そうした技術ではなかなか対応が難しいのが、「全介助状態の方の介助」です。

現在,看護や介護において一般的に行なわれている身体介助技術の基本的な考え方には,「被介助者の残存能力を最大限に生かす」というものがあります。

もちろん,私も基本的には被介助者の残された能力を出していただくように介助を行なっています。しかし,現場では残存能力がほとんどない全介助,あるいはそれに近い状態の方がたくさんおられます。

そうした方に、ある程度動けることを前提としている介助技術を応用しようとすると、途端に力まかせで,無理なものになってしまいがちです.

抱え上げの技術

7203-01.jpg図1 普通の抱え上げ方
全介助状態の人の介助の肝は「相手を抱え上げる」ということにあります。「相手を抱えあげるのに必要なのは筋力であって技術ではない」という思い込みを捨てて、いかに楽に抱え上げるかということを考えてみたいと思います。

まず、「立っている相手を両手で抱え上げる」ということをとおして、なるべく筋力に頼らず持ち上げる工夫をしてみましょう。もちろん,無理は厳禁.最初のうちは体格的に同じくらいか,自分より軽い方をモデルにして試すことをお勧めします.






7203-02.jpg図2 筋力に頼らない抱え方相手の体重にもよりますが,図1のような状態になってしまった人が多いのではないでしょうか。通常、図1のように手のひらから腕を回して手首を握り,腕に力を入れて,脚力も十分に使って相手を抱え上げようとすると思います。しかし、このやり方ではどうしても筋力勝負となってしまいます。

ここではあえて、いつもと正反対の身体の使い方を試みて見ましょう.図1とは逆に図2のように,手の甲から腕を回し抱え上げてみます。

図1と図2のやり方はどのように違うのでしょうか?

ポイント 手のひらからでは,身体全体を使いにくい

手のひらから手首を握ると,腕だけに力が入ってしまいます.一方、手の甲から腕を回し,手首を握って力を入れると,腕ではなく肩から背中にかけて力が入ります(図3)。
7203-04.jpg図3 手の甲から抱える

こうした姿勢を取ることによって、肩から背中にかけて適度な「張り」が生じます。 糸電話は糸が緩んでいたら,音が伝わりませんが、張りすぎていては切れてしまいます.音が伝わるためには適度な張りが必要です.それと同じように,力の伝達も、緩みすぎても力みすぎても上手くいかないのです。

適度な張りができることによって、腕だけではなく、背中を含めた全身の力が均等に発揮されやすくなります。その結果,腕にはさほど力をいれなくても,相手を抱え上げることができるようになるのです。

感覚が大切

抱え上げには、手の甲から腕を回すだけでなく、姿勢を工夫したり、足元の踏ん張りについても注意をほどこす必要があります。

たとえば、足の位置ひとつでもずいぶん違いがあります。

図1の前後に開いた足の位置と、図2の平行足では、どちらのほうが相手と自分の重心が重なりやすいかということを考えれば、図2のほうが楽に上がりそうだということはご理解いただけるでしょう。

しかし、介護職や医療職など、身体介助のプロの方でも、多くの方が、人を抱え上げるときに,足を前後に開いた姿勢をとってしまうことがあります。これはおそらく、残存能力のある人の立ち上がりを介助する際の基本動作を無意識に応用してしまっているからではないかと思います.

こうした思い込みを取り払って効率のよい身体介助を行うためには、その場その場で身体が感じる感覚を重視していくことが大切です。今回のように、立っている人を抱え上げるシチュエーションは実際の介護では起こりえない状況ですが、こうした状況設定で体験した身体感覚をいかしていけば、実際の介護場面でも広く応用が利くはずです。

『看護学雑誌』72巻3号より。
イラスト:三上修